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3月21日に沖縄県名護市瀬嵩の浜で開催された「止めよう辺野古新基地建設!美ら海を守ろう!県民集会・海上行動」を始めとする連帯ツアーにコアネット、平和と民主主義をめざす全国交歓会の仲間とともにインドCNDP(核軍縮と平和のための連合)のクマール・スンダラムさんが参加しました。同行した坂井美穂さんの報告でこの連帯ツアーの模様を報告します。

3月21日(土)
10時に那覇空港に集合、大阪からのLCC組と上手く落ち合えず、11時前にようやく空港発。高速のサービスエリアでトイレ休憩。各地からのバスと参加者がたくさんいて、テンションを上げる。

13時前に瀬嵩の浜(県民集会会場)に着く。
主催発表で、3900人。開会の前に、糸数慶子さんに挨拶、写真撮影
ステージには国会議員5名、松田、○おじい、山城、辺野古ブルー隊長、弁護士、副知事、稲嶺、金平社長、実行委員長(県議)、実行委員
それぞれのアピール中に、カヌー隊2艘が拘束されたことが報告された。なんどもコールし、最後はガンバローで締め。
メディアの数も多く、琉球タイムスと新報が号外を配布(数おっつかず)
その熱気と盛り上がりに、大感動。
辺野古の浜のテント村(人不在)を見学、米軍のシュワブフェンス(キレイに掃除されていた)を見学
宜野湾市嘉数の高台公園へ。普天間を高台から見る際に、偶然にも真上を飛ぶオスプレイ、発着するオスプレイを
目撃、あまりの騒音に驚く。

那覇市へもどり、夜は夕食会
スンダラームさんは沖縄の人たちの運動の熱に、テンションmax
常に喜んで嬉しそうに写真を撮っていました。仙台はたいくつだったけど、沖縄行きといういい機会を与えてくれてありがとうと何度も繰り返していました。インドでも、沖縄と連帯して具体的に何か自分にできないか、考えたいとのこと。
3.21辺野古集会2
3.21辺野古集会1

3月22日(日)
朝9時に泊港のターミナルに集合、レンタカーで県庁壕へ。平和ガイドの大田さんの説明。首里城を北に臨み、沖縄県警と県庁の機能を移した壕。自然にあったガマを、戦争用に壕にした。
慶良間を占領したアメリカが、北谷や読谷のあたり西海岸から北行きと南行きに分かれ、北行きは2週間ほどで到達。南行き。国軍の抵抗や人民の動員で2ヶ月ちかく耐えるも、やはり陥落。さらに南下へ。指揮系統はバラバラ。どんぱちやるなかでのひめゆり隊の解散に、彼女たちの犠牲者数がうなぎのぼりに。

戦闘が激しかったのは、中部。首里城下の32師団が激しく抵抗した。わずか数キロの
ところを、何日もかけてアメリカが進軍。人は南へ南へ逃げた。
この壕は、ダイナマイトを使って掘られた。警察長の部屋や、知事用の部屋もあり、遺品などもまだ残っている。
中はしっとり、常に頭と足もとに気をつけて、真っ暗闇をすすむ。灯りを置く場所も、少ない。
全島の首長を集めて、作戦会議なども壕のなかでやった。住民をどう扇動するか、スパイはいたか、どう撤退するかなど。

その後、平和祈念公園内の平和の礎を見学
沖縄の犠牲者、本土の犠牲者、海外の犠牲者のパートがある。生き残った近所の人の記憶などをたよりに犠牲者の名前を刻む碑。祈念館内の売店で、沖縄戦についての英語の文献を西岡さんよりいただく。

琉球ガラス館へ移動、ランチ。お土産を少し買う。

ひめゆりの塔、祈念館 
時間が少ない中、体験者が残してくれた証言に見入る。
現状の課題。来館者が少なくなっている。証人が高齢化している。

南風原20号壕
ひめゆりが最初動員された壕
内部の臭いを再現していて、嗅いだが強烈。外科壕の内部の様子の話をガイドより伺う。

南風原文化センター
町営の展示館、館長の平良さんという女性は協力者で、偶然にもインドで数ヶ月織物の勉強をした人。

空港経由で、ホテル着

国際通りで、散歩しつつお土産をみる。
浮島のベジレストランで、ゲーシェさん、その友人ミカさんと待ち合わせ。ゲーシェさんはピースボートのボランティアで、スンダラームさんとは仙台であった。
日本語超堪能、琉球大国際関係学部で日本の歴史認識の問題を卒論にして、卒業。ミカさんも同じ学部で、インドの環境団体のオルタナティブな活動というような卒論で、卒業。世界9月号のインタビュー記事を読んで、スンダラームさんにぜひ会いたいということで、ご飯を食べながら、いろんな話。
3.22沖縄

3月23日(月)
9時半にホテルをチェックアウト、レンタカーにて那覇を出発、辺野古へ。(土曜日県民集会が長引き、ゲート前には寄れなかったため)道中伊芸SAにて休憩

11時過ぎ、ゲート前着
いきなり飛び込み、山城さんが前でしゃべっているところに挨拶に行く。その時の参加者は30〜40か、結構多かった。
飛び入りのスンダラームさんのスピーチ、日本語で、基地は要らない、インドも連帯するというメッセージを伝え、喝采。
流れで、スピーチが回ってきたさかい、ついつい語る。

現場に、琉球新報とタイムスの記者が来ていて、(新報のほうは名刺をもらったので、コアネットの入会書を名刺とともに渡しましたw)。スンダラームさんにインタビュー、明日記事になるかも?
翁長知事が大きな決断をする記者会見を期待して待とう、とのことでとにかく手を組んで歌い、最後は踊り、お昼休みに。
おじい、おばあのパワーをもらう。
島袋おばあにも挨拶、グッズを買い、お菓子をもらい、交流。最後、山城さんに再び挨拶して、ともにがんばろうとゲート前を去る。そのちょっと後に、糸数さんゲート前合流、オナガ知事の記者会見など。

スンダラームさんは、今回の訪問一番の感激(土曜もよかったけど)。すごい、来て良かった、を連発。しばらく興奮が冷めやらぬ二人。

ゲート前より、名護市の西海岸へ。
許田でランチ、まだまだ興奮が冷めず、スンダラームさんはすぐさまfacebookにアップ。
あとは、西海岸を南下ドライブ。海の綺麗さに感動しながら、アメリカンビレッジに寄る。100 均での大量のお土産購入にさらに嬉しさを増す。(100 均というものを知らなかったみたい)
那覇空港へ
3.23辺野古2
3.23辺野古1

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2015.04.08 Wed l ブログ l コメント (0) l top
2月25日、大阪市内にて「ODA大綱改悪、インド原発問題学習会」を開催し、多くの市民の参加と積極的な発言で活発な討議を行いました。
1. ODA大綱改悪問題は、コトパンジャン・ダム被害者住民を支援する会の石橋さんが講演。以下、その要約です。
(1) 「イスラム国」による人質事件で安部首相が『人道支援』を強調した2億ドル援助が『人道支援の原則(人道原則、公平原則、中立原則、独立原則)』ですら明らかに逸脱するものであること、これに端的なように『援助』が他国に対するソフトな介入である。
(2) したがって、ODAそのものが経済的分野では商品輸出や資本輸出の呼び水であり、政治的分野においては外交手段であること。1992年の「ODA大綱」は、その契機が「ODA基本法制定」を求める市民の声や野党の攻勢を抑えるためであり、2003年の「ODA大綱」は「ODAは単なる『人助け』ではない」とする官邸の圧力などにより「国益」(グローバル資本の利益)を実質的に確保する内容を盛り込んだ。
(3) 2015年2月10日に閣議決定された「開発協力大綱」は、①「要請主義」から「提案型」への変更②「国益」の明記③軍支援を「解禁」④安全保障への傾斜⑤財界の積極的な評価、という特徴がある。マスコミ等では、「軍支援解禁」が取り沙汰されるが、実質的な「解禁」は1999年のJICAのセミナーにインドネシアのユドヨノ参謀長(後の大統領)を招いたことに始まり、2006年のインドネシアへの3隻の巡視船供与などなし崩しに行われている。
(4) 今後注意すべきは、PKOにODAが投入されることである。2013年「国家安全保障戦略」では、「PKO等に一層積極的に協力する。その際、ODA事業との連携を図る」とし、2014年にはJICA本部と防衛省との間で人事交流が開始された。2013年、PKOに関わる国連の決議は「武器使用OK」となった。
(5) 結論として、①ODAは廃止しなければならない。②対案として被「援助」国が主体的に資金を運用できる国際的な共通の資金づくりを提案する。

講演を受けた質疑の中では①ODAに関わっているNGOの意見はどう反映されたか②OECDが戦略ODAを進める方向に変わって来たのではないか③「開発協力大綱」の効力はいつからか④軍事的なものにどこまでODAが使えるか⑤どうしてODAなのか(防衛費ではなくて)⑥日本政府は「被援助国」を借金漬けにしたいのか⑦どうしたら止められるか⑧ODAがダメなところを具体的に指摘することが必要である等多くの質問、意見が出され、講師から的確に答えていただきました。後日この講演を詳述したものをアップしたいと思います。

2. インド原発輸出問題については、インドから帰国されたばかりの福永正明客員教授(岐阜女子大)から最新の状況が報告されました。以下、要約です。
(1) 2014年5月、連邦議会下院総選挙で議席の2/3を取り、圧倒的大勝したインド人民党(BJP)モディー政権は、「強いインド、大国インド」の建設をスローガンにヒンドゥー教徒を中心とする国家建設を進める⇒右傾化。「核保有・原発推進」重要政策とする。
(2) CSC(原子力損害の補完的な補償に関する条約)は、1997年にIAEAで締結されたが未発効であった。昨年11月、日本が国会承認、締結し、2015年4月発効となる。この条約は原発事故発生時には「被害者切り捨て」になる。また、外国メーカーへの訴訟を認めない。
(3) 2015年1月26日のオバマ訪印では、共同記者会見で「米製原発のインド輸出に関して画期的進展があった」とされたが、詳しくは報告されていない。インド政府が外国からの原発輸入を促進するために、賠償プール制度を新設することを伝達したらしいと言われている。
(4) インドでは原発建設現地での反対運動が継続して展開されている。デリーやムンバイなどでの大規模集会、国民大会の開催、列車旅行で反原発を民衆に訴える「レイル・ヤットラー」(列車巡礼)など様々な運動も展開されている。
(5) 『まとめ』として①日印原子力協定の交渉中止②メーカーの賠償責任を定めた「インド原賠法」の擁護③世界各国に「インド原賠法」を普及させる④ヒロシマ、ナガサキの原爆体験、フクシマ事故の経験を世界に伝えていこう。

質問1:保険プール制度とCSCの関係はどうなるのか。
回答:BJPは上院では少数派であるので、CSC批准が承認されないのでできないだろう。保険プール制度の詳細は公表されていないが、大統領令で行うとのことで「インド原賠法」が実質的に骨抜きになることが考えられる。
質問2:日印原子力協定の動きはどうなるのか。
回答:外務省は「協定の95%はできている」と言っているので、最後の詰めに入ってきているのではないか。5月に安倍首相が訪印し、調印するという動きになるかどうかが注目される。

行動提起としては、①4月中旬にCSC条約発効抗議集会を東京で開催する。②日印原子力協定締結反対、CSC脱退署名に取り組む。③7月「第2回原発輸出反対国際連帯シンポジウム」に取り組む。を提案しました。十分な討議ができませんでしたが、今後、これらの取り組みを展開していきます。ご協力をお願いいたします。
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225集会3
225集会2
2015.03.05 Thu l ブログ l コメント (0) l top
2015年2月10日、安倍内閣は「開発協力大綱」を閣議決定しました。COA-NETとしてこれに抗議する声明を発しました。リンクにも掲載しております。ご一読ください。

「開発協力大綱」閣議決定に抗議する声明
2015年2月14日
戦略ODAと原発輸出に反対する市民アクション(COA-NET)


2015年2月10日、安倍内閣は政府開発援助(ODA)の基本方針を示したODA大綱に代わる「開発協力大綱」を閣議決定した。
私たちは、この「開発協力大綱」が日本のグローバル資本の利益である「国益」確保のために市民の税金を注ぎ込むことを定めたものであり、もはや「援助」ですらないことから、この改定に怒りを込めて抗議するとともに、ODAそのものの廃止を要求するものである。
安倍内閣は、外交・防衛の基本方針を定めた「国家安全保障戦略」(2013年12月閣議決定)において、「我が国の平和と安全」「経済発展を通じた更なる繁栄」「自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値やルールに基づく国際秩序の維持・擁護」を「国益」と規定し、これらの「国益」を守る国家安全保障の目標として「必要な抑止力を強化し、我が国に直接脅威が及ぶことを防止するとともに、万が一脅威が及ぶ場合には、これを排除し、~」と定めた。つまり、政府が「普遍的価値やルール」に反するものと決めつければ、それを「国益」を侵すものとみなし、排除や打倒の対象とすることを宣言しているのである。そして、「本戦略は、国家安全保障に関する基本方針として、海洋、宇宙、サイバー、政府開発援助(ODA)、エネルギー等国家安全保障に関連する分野の政策に指針を与えるものである」として、「ODAの積極的・戦略的活用」を謳ったが、その具体化がこの「開発協力大綱」である。
また、2013年6月に閣議決定された「日本再興戦略」で「『新興国を中心にした成長市場』の獲得のため『ODAの積極的活用』」が謳われていること、「開発協力大綱」の原案に対して経団連からの「『要請主義』に基づくことなく、わが国官民の提案によるプロジェクトを相手国政府と一体になって積極的に推進していく旨、新大綱に記載すべきである」という要望等、財界から執拗な要求があったことからも、「開発協力大綱」は、原発を始めとする「システムインフラ」の輸出を狙うグローバル資本の要請に応えたものであることは明らかである。
そして、パブリック・コメントに数多く寄せられたこれらの問題を危惧する市民からの声をことごとく無視して「開発協力大綱」は閣議決定された。
「軍隊に対する非軍事目的の援助」などあり得ないのが国際常識である。安倍首相が1月の中東歴訪中に表明した「ISIL(イスラム国)と闘う周辺各国への総額2億ドルの人道支援」としてのODAは、2名の邦人が殺害される原因となった。また、日本政府は、2013年にフィリピンの沿岸警備隊に対して、ODAを使った巡視船10隻の供与を約束したが、同隊は2か月前には台湾の漁船を銃撃し、死者まで出しているのである。さらに、「新大綱」は、「安定・安全への脅威は、経済社会発展の阻害要因となることに鑑み、海上保安能力を含む法執行機関の能力強化~必要な支援を行う」として、「平和構築やガバナンスも含め、『開発』を広くとらえる」と定義しているが、これは『開発』と称する『軍事』や『治安』に他ならない。これが適用されると、巨大プロジェクトや原発建設に反対する市民に向けられる弾圧にODAが使われることになる。
また、「要請主義」は、道路やダムなどのインフラ整備が日本から押し付けた「援助」ではなく、形の上だけでも被援助国の「要請」を受けて実施されることを担保する手続きであった。インドネシア・コトパンジャン・ダム裁判は、こうした旧来の「援助」ですら実際には日本のコンサルタントが計画策定段階から関与し、その結果、ダム建設によって現地住民と自然環境に甚大な被害をもたらしたことを明らかにしたが、規制を無くした「新大綱」は、一層の住民被害をつくり出し、環境破壊を引き起こすに違いない。
このように最低限のルールでさえ葬り去った「開発協力大綱」は、グローバル資本の権益のために、戦争推進のために、私たち市民の税金などを政府が自由に使うための方針である。私たちは、こうしたODAに対して、修正ではなく即時廃止を求めるものである。
ジャカルタ行動1
2006年議員要請4
2006年議員要請2
2006年議員要請1

2015.02.14 Sat l ブログ l コメント (0) l top
2月25日、ODA大綱改悪、インド原発輸出問題学習会を開催します。
「自民党は30日の総務会で、政府開発援助(ODA)の理念や原則を定める新たな「開発協力大綱」案を了承。(中略)近く閣議決定」(1/31毎日新聞)と報道されました。
 ODAは、これまで対象国に対する援助として、道路・ダムなどのインフラ整備を中心とし、その実態は日本の大企業の利益確保を目的としたものでしたが、一応は被援助国からの「要請」を受けて実行する要請主義をとっていました。しかし、「開発協力大綱」案では、「積極的平和主義の立場から,開発途上国を含む国際社会と協力して,世界が抱える課題の解決に取り組んでいくことは我が国の国益の確保にとって不可欠」「我が国の外交政策に基づいた戦略的かつ効果的な開発協力方針の策定・目標設定を」と国益、戦略性を前面に出し、「要請主義」を事実上放棄したものとなっています。つまり、グローバル資本の利益である「国益」のためにODAを戦略的に活用するというのが「開発協力大綱」案なのです。また、『軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避』『開発途上国の軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入等の動向に十分注意を払う』(1992年ODA大綱)と、非軍事を原則としていましたが、「開発協力大綱」案では、「相手国の軍又は軍籍を有する者が関係する場合には、その実質的意義に着目し、個別具体的に検討する」とODAの軍事支援を解禁しています。
 一方、1月25日のオバマ米大統領のインド訪問を機に、原発メーカーの賠償責任を定めた「インド原賠法」の改悪が進められています。今後、日印原子力協定締結がインドへの原発輸出問題の最大の焦点となります。CNDP(核軍縮と平和のための連合)、クマール・スンダラム氏の下記投稿を参照してください。
 こうした2つの問題に関する学習会を夏の「原発輸出反対国際連帯シンポジウム」第1回実行委員会を兼ねて、インド原発問題にお詳しい福永正明先生(岐阜女子大学客員教授・南アジア研究センター・センター長補佐)をお迎えして下記のとおり開催します。ぜひご参加ください。
日 時:2月25日(水)18時30分~21時
会 場:エルおおさか南館71(京阪・地下鉄天満橋から西へ徒歩5分)
参加費:500円
講師①ODA大綱 石橋和彦氏(コトパンジャン・ダム被害者住民を支援する会)
   ②インド原発問題 福永正明氏(岐阜女子大学客員教授・南アジア研究センター・センター長補佐)

福永先生
2015.02.06 Fri l ブログ l コメント (0) l top
2015年1月25日~27日、オバマ米大統領が訪印し、インド・モディ大統領との会談で原発事故時の補償のための「保険プール」創設が確認される一方、原発メーカーの賠償責任を定めた「インド原賠法」を改悪が進められることになりました。このことについて、Dia Nukes orgにクマール・スンダラム氏が投稿しています。以下、拙訳を掲載します。原文は末尾のURLから閲覧してください。
なお、2月25日(水)に「ODA大綱改悪、インド原発輸出問題学習会」(エルおおさか、18時30分開会)を開催します。2月中旬に訪印される福永正明氏(岐阜女子大学客員教授)の現地報告を予定しています。ご参加お願いします。

インド人納税者のお金を使用する原子力供給者の保証-いかにして国家主義者は法的責任を弱めるのか、首相?
クマール・スンダラム

インド共和国記念日の前日、モディ政権は、原子力供給者に保証を提供するために国有の統括保険会社(GIC)を強行設立することを発表した。正確な詳細は未だ明らかになっていないけれども、メディアは、インド政府が2010年の原子力賠償法の制定以来、その修正に影響を与えるためにロビー活動を行ってきたウェスティングハウスとジェネラルエレクトリック(GE)のようなアメリカの原子力供給者の怒りを鎮めるために、婉曲的な方法を創設したことが示唆されると報道した。この動きは、進行中のオバマ大統領の訪問の期間における重要な打開策として持ち上げられてはいるが、この問題における彼らの積年の要求に対する明らかな服従である。

連邦財政大臣は、今月初めの責任法に問題があるという発言が引用された。しかし、事態の急展開というのは、以前のインド人民党は供給者を無罪放免にさせることは問題であると見ていたが、今では供給者の責任保持が薄められた条項でさえも問題があると見ていることなのである。

その法律は、原子力事故の場合に備えて、外国及び国内の供給者の責任の一部を埋め合わせるために、運転者であるインド原子力公社(NPCIL)に“遡求権”を提供する。供給者責任の条項は、原子力市場における小銭を探す国内の会社はもちろんフランス、ロシア及びその他の外国の法人-ボパールのような状況から逃れるために供給者責任条項の希釈を求めて、最も口うるさかった米国企業と彼らを代表してのオバマ政権であるが―からも抵抗されていた。その理由は、アメリカの原子力産業は、アレヴァ・フランス法人やロシアのアトムストロイエクスポルトのような他の原子力法人が国家のバックアップがあるのと異なり、個人の投機家に支配されているからである。一方、フランス政府は責任規定をOKだと言い、ロシア政府は、ヒラリー・クリントンからジョン・ケリーまで過去数年間の米政府高官のインド訪問は、ほぼ最後まで供給者責任条項を取り除くよう求めてきたので、いくつかの留保はあるが、それに同意した。前任の首相は、彼の最後のアメリカ合衆国訪問で、彼の政府は、供給者に対する訴訟ではなく、運転者への選択を提供するよう制限のない条項に解釈し直すことを発表した。そして、インドは法的選択肢を使用しないことを選択すると約束した。しかしながら、これは米国政府には十分であるとは思われず、米国政府は明白な免除を強く主張した。

インドの国有保険保証金を求める現在の圧力はまた、絶え間ないアメリカの圧力の結果である。インド政府は 「責任の袋小路」から抜け出す方法を見つけるためにインド‐米国共同委員会を設立して再考のプロセスを開始し、米国側は、「保険型」アプローチを提案した。

インド人民党と原子力責任

皮肉なことに、法的責任法を覆すための保険方式の道筋は、インド人民党に頼られていた。彼らは、反対の間中は、法的責任法を薄めようとする動きに激しく反対した。実際に、インド人民党は供給者の責任はすでに非常に貧弱であるとして、2010年には法律それ自体に反対した。インド人民党は、インドの納税者の資金を他の用途に向けることと、法的責任を制限することの両方に以前は反対していたのである。それから、インド人民党は「法案は、主として2 つのアメリカ多国籍企業-ウェスティングハウス社とゼネラルエレクトリック-を事故の場合の一切の法的責任の支払いから保護し、インド政府に支払い責任を強いる米国圧力の下でもたらされたものある」と主張した。インド人民党の古参の指導者ヤシュワント・シンハは、そして「明らかに、インド人の命はアメリカ人の命と比較して10 セント硬貨の価値があるのみだ」と言っていた。

しかし、今、政府と原子力行政は、供給者の懸念と運転者に全ての責任を向ける国際条約から背反しているインド法についてとても心配しているように見える。現在の外相であるスシュマ・スワラジャは、初期にはまさにインド固有の責任法を求めていた。スワラジャは、インドでビジネスを行うイギリス東インド会社を許可するジャハーンギールにインド‐米国原子力取引を例えていた。インド人民党の他の幹部は、インドの主権を米国に引き渡すみじめな降伏と同質の供給者の責任を希釈することに努力を払いすぎた。

インド法における供給者の法的責任

インドの原子力産業は、過去50年間、法的責任法が無い中で活動してきた。何故ならば、それは100%国営企業として機能したからである。法的責任法は、2010年、供給者として外国の投資家にその部門が開放された時に提起された。法律になる以前の法案の初期のバージョンでは、莫大になりうる実際の損害と等しくなるであろう救済をインドの潜在的な被害者に実際に支給するよりは、事故に備えて供給者をより保護するというその動機を明らかに見ることができる。

しかし、ボパール事件における司法の破壊を介して公衆に戦意の喪失を引き起すような状況の悪化、つまり2010年ボパールの最高裁判所評決(訳者注:2010年6月7日ボパール地裁にて、事故を起こしたユニオン・カーバイド社の当時のインド法人幹部7人(全員インド人)に対し判決が下った。過失致死罪などで禁固2年、全員判決直後に10万ルピー(約19万円)を支払って保釈されたという。この軽い判決に法務大臣さえ「正義は事実上、否定され、葬り去られた」と嘆いたという。これに対して、インドの司法長官はボパール事故(1984年12月3日発生)の記念日に当たる12月3日、事故を起こしたユニオン・カーバイト社の後継会社ダウ・ケミカル社に犠牲者に対する10億ドル以上の支払いをさせるよう求めて、インド最高裁に対して申立を行った。結果、最高裁では4億7000万ドルでの和解を強いられることになった)があった。これは、市民社会と、提出された原子力損害賠償法案に供給者への留め金を挿入するための条項の規定を強く主張するインド人民党を含む野党の圧力で生じた。政府は最初、“意図的な”下位条項や他のそのような策略の恥ずべき挿入によって条項17(b)を薄めようと試みたが、それは強く抵抗された。驚くべきことに、原子力損害賠償法案が国会の常任委員会-それは保健、内務、環境を含む8省庁の秘書官で構成される-の議論に出された時、彼らの強い留保権が行使された。K・スジャータ・ラオさんは、その時保健省秘書官であったが、“起草は忘れなさい。法案が承認のために内閣に送られるまで私たちは何らの相談も受けていない”との彼女の見解を公開した。インドの元原子力規制当局、A・ゴパラクリシュマン博士は、条項17(b)の新しいバージョンを提案することによって、全ての可能な段階に外国の原子力供給者の要求に譲歩するために努力することを強くほのめかした。

供給者の責任を回避する方法を見つける試みがそこでは停止しなかった。それらは、供給者と運転者の間の双務的な契約における法的責任条項の明白な言及に左右される供給者の過失責任規定を含んでいる。さらに、インド政府は、2010年法の実施をガイドするように設計された2011年の原子力責任規定の下で、製造物責任の期間をちょうど 5 年に限定した。著名な法学者であるソリ・ソラブジェは、その規定を法律の“踰越行為”であり、その精神に反するものと呼んだ。

法的責任は、施しではない

インドの原子力法的責任制度が、被害者に対する適切な補償の提供から程遠いままであるとともに、そのような原子力法的責任は補償を保証する要素とはなっていない。それはまた、企業にあくまで最も安全な実施を保証するメカニズムである。IAEAは、原子力責任メカニズムによって扱われる公衆の保護、環境の保護手段、原子力安全性を高めるという3つのルールを強調した。それは広く知られている原子力責任規制を再考し、改訂する必要性のあるものである。マーク・コーパーが「原子科学者」の会報における彼の記事に言及した。

政府がリスクを国有化する時、つまり民間部門から公共へということだが、彼らは経済学者が要求するモラル・ハザードを創設する。これは、民間部門の危険要素であり、もし、彼が彼の行動に全責任を負担することになると、リスクを負担することができず、彼が行ってきた以上の危険なことを行うことになる。それは、モラル問題:一人の無責任な行動もしくは無垢な見物人の実在の損害:である。それはまた、経済問題でもある。なぜならば、企業を経済活動とは関係の無いことに従事するよう仕向けるからである。

原子力産業は、その法的責任の国際性を最小化するためにあらゆる努力を払ってきた。これには、2つの主な理由がある。第1には、高い法的責任は、彼らの保険料を途方もなく高くするためである。これはまた、原子力エネルギーが純粋な個人の経済事業としては、本当に実行可能ではないという事実を強調することになる。第2に、もし、原子力の法的責任の量が正確に計算されれば、それは原子力事故の天文学的な経済コストを明らかにすることになる。フクシマ事故の除染費用の最も控え目な見積もり額は、約2兆5千億米ドルであるのに対して、チェルノブイリの総コストは6兆米ドルを超える。

民営化の利益、国有化のリスク

ここに確認しなければならないもう一つの質問がある。もし、モディ政権が市場力において大きな信用を持つのであれば、なぜ、国内の原子力法人だけではなく、外国のために財政的保護を保証するための国有化されたインド保険会社なのであろうか。個人保険会社が改革、奨励、市場の大きな部分を強要されていた時に、何故彼らは、前に出て、原子力産業の大きな参入者のために保険を提供しなかったのか?独立した専門家に何度も質問されてきたように、もし、原子力産業が人々に安全性における彼らの主張を信用することを望み、彼らの生命を投資する効果に関してためらわないのであれば、何故、そのお金をその口の中に投入する用意がないのであろうか?

今も明らかになりつつあるフクシマ事故の国際的な供給者の法的責任の回避は、一つの教訓的な訴訟事件となっている。除染と除染費用の推定は、上昇を続ける一方、4000名を越える個人が福島第1原発の製造者と供給者であるGE、東芝、日立を訴えて、昨年、日本において集団訴訟を開始した。対照的に、日本政府は産業界と結託して、膨大な公衆に重荷を背負わせるよう試み続けている。除染費用でさえ、全ての電力利用者に回される一方、新しい再生可能エネルギーの参加者には競い合い、彼ら自身を維持することがますます厳しくなっている。

全世界において、原子力産業は法的責任と保険を回避することが良く知られている。国際的に、法的責任を受諾することになる時、損害の量、期間、タイプの上限を定めることが主張される。そして、全ての法的責任を排他的に運転者に向ける国際的な政治制度が強要されている。米国において、その議会は、個人保険会社の少額の責任を負う公益事業株と、事故軽減のために約120億米ドルを産業界全体でプールする制度を創設する1957年のプライス・アンダーソン原子力賠償法によって、原子力事故の費用を国営化した。

前政権が連立であり、かつ米国原子力団体の利益のために喜んで奉仕するものであったにもかかわらず、それは、インド人の民主主義の支えとして、インド市民の利益を守る法律の制定のために働いた。市民社会、独立したメディア、前政権で指導した小さな政党及びインド人民党を含む野党の努力は、潜在的な被害者のために最低限の保護を保証する結果となった。現在、起こっていることは、一般に信じられているところでは、強い首相が圧倒的な多数派の享受で、米国の原子力団体の関心をなだめるために彼の方法を止めようという事態である。政府の有権者の多数は、インド国会の合憲の法的責任法を蝕み、米国法人のための解決法を見つけることに慣れていた。「インドに作れ!」はもうたくさんだ。

著者は、核廃絶と平和のための連合(CNDP)の会員である研究者である。彼は下記で連絡が取れる。
pksundaram@gmail.com
Kumar Sundaram


2015.02.04 Wed l ブログ l コメント (0) l top
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